書き下し文
是の如き我聞きき。一時、仏、王舎城(おうしゃじょう)・耆闍崛山(ぎしゃくせん)の中に住したまい、大比丘衆、万二千と供なりき。
皆、是、阿羅漢なり。諸漏(しょろ)すでに尽くして、復、煩悩なく、己利(こり)を逮得(たいとく)し、諸の有結(うけつ)を尽くして、心自在を得たり。
その名を阿若憍陳如(あにゃきょうじんにょ)・摩訶迦葉(まかかしょう)・優楼頻螺迦葉(うるびんらかしょう)・伽耶迦葉(がやかしょう)・那提迦葉(なだいかしょう)・舎利弗(しゃりほつ)・大目揵連(だいもっけんれん)・摩訶迦旃延(まかかせんねん)・阿ぬ楼駄(あぬるだ)・劫賓那(こうひんな)・憍梵波提(きょうぼんはだい)・離波多(りはた)・畢陵伽婆蹉(ひつりょうかばしゃ)・薄拘羅(はくら)・摩訶拘絺羅 (まかくちら)・難陀(なんだ)・孫陀羅難陀(そんだらなんだ)・富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)・須菩提(しゅぼだい)阿難(あなん)・羅睺羅(らごら)という。
是の如き、衆に知識せらるる大阿羅漢等なり。
復、学・無学の二千人あり。摩訶波闍波提比丘尼(まかはじゃはだいびくに)、眷属六千人と供なり。
羅睺羅の母、耶輸陀羅比丘尼(やしゅたらびくに)、亦、眷属と供なり。