その時に仏、眉間白毫相(みけんびゃくごうそう)の光を放って、東方万八千の世界を照したもうに周徧(しゅうへん)せざることなし。下(しも)、阿鼻地獄(あびじごく)に至り、上(かみ)、阿迦尼吒天(あかにたてん)に至る。
この世界に於て尽く彼の土の六趣(ろくしゅ)の衆生を見、又、彼の土の現在の諸仏を見、及び、諸仏の所説の経法を聞き、並びに彼の諸の比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)の、諸の修行し得道する者を見、復、諸の菩薩摩訶薩の種々の因縁・種々の信解・種々の相貌あって、菩薩の道を行ずるを見、復、諸仏の般涅槃(はつねはん)したもう者を見、復、諸仏、般涅槃の後、仏舎利(ぶっしゃり)を以て七宝塔(しっぽうとう)を起つるを見る。
その時に弥勒菩薩、是(こ)の念を作(な)さく、今、世尊、神変の相を現じたもう。何の因縁を以てこの瑞(ずい)ある。今、仏世尊は三昧(さんまい)に入りたまえり。
この不可思議に希有(けう)の事を現ぜるを、当に以て誰にか問うべき。誰か能(よ)く答えん者なる。
復、此の念を作さく、是の文殊師利法王の子は、已(すで)に曽(かっ)て過去無量の諸仏に親近し供養せり。必ず此の希有の相を見るべし。我、今、当に問うべし。
その時に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、及び諸の天・龍・鬼神等、咸(ことごと)く此(こ)の念を作(な)さく、是の仏の光明神通(こうみょうじんづう)の相(そう)を、今、当に誰にか問うべき。