従地涌出品第十五

譬えば少壮(しょうそう)の人、年(とし)始めて二十五なる。人に百歳の子の髪(かみ)白くして面(おもて)皺(しぼ)めるを示して、是れ等、我が所生なりといい、子も亦是れ父なりと説かん。父は少(わか)くして子は老いたる。世を挙(こぞ)って信ぜざる所ならんが如く、世尊も亦是の如し。得道より来(このかた)、甚だ近し。

是の諸の菩薩等は志(こころざし)固(かた)くして怯弱(こうにゃく)無し。無量劫より来、而も菩薩の道を行ぜり。難問答(なんもんどう)に巧みにして、其の心、畏るる所なく、忍辱の心、決定(けつじょう)し、端正(だんじょう)にして威徳(いとく)あり。十方の仏の讃めたもう所なり。善能(よく)分別し説く。人衆(にんしゅう)に在ることを楽わず。常に好(この)んで禅定に在り、仏道を求むるをもっての故に、下の空中に於て住せり。

我等は仏に従って聞きたてまつれば、此の事に於て疑(うたがい)無し。願わくは仏、未来(みらい)の為に演説して開解(かいげ)せしめたまえ。若し此の経に於て疑を生じて信ぜざることあらん者は即ち当に悪道に墮(お)つべし。願わくは、今、為に解説したまえ。是の無量の菩薩をば、云何してか少時に於て教化し発心せしめて不退の地に住せしめたまえる。