爾の時に大目犍連(だいもっけんれん)・須菩提(しゅぼだい)・摩訶迦旃延等(まかかせんねんとう)、皆、悉(ことごと)く悚慄(しゅりつ)して一心に合掌し、世尊を瞻仰(せんごう)して目暫(めしばら)くも捨(そらさ)ず。
即(すなわ)ち共(とも)に声(こえ)を同(おな)じうして、偈を説いて言(もう)さく
大雄猛世尊(だいおうみょうせそん)・諸釈(しょしゃく)の法王、我等(われら)を哀愍(あいみん)したもうが故(ゆえ)に而も仏の音声(みこえ)を賜(たま)え。
若(も)し我が深心(じんしん)を知(しろ)しめして授記(じゅき)せられば、甘露(かんろ)を以て灑(そそ)ぐに熱(ねつ)を除(のぞ)いて清涼(しょうりょう)を得(う)るが如(ごと)くならん。
飢(う)えたる国より来(きた)って忽(たちま)ちに大王の膳(ごちそう)に遇(あ)わんに、心、猶(な)お疑懼(ぎけ)を懐(いだ)いて未(いま)だ敢(あえ)て即便(ただ)ちに食(じき)せず。
若し復(また)王の教(ゆるし)を得(え)ば、然(しか)して後に乃(すなわ)ち敢(あえ)て食(じき)せんが如く。我等も亦是の如し。