釈迦牟尼仏、智積に告げて曰(のたま)わく、善男子(ぜんなんし)、且(しばら)く須臾(しゅゆ)を待て。此に菩薩あり、文殊師利(もんじゅしり)と名く。與(とも)に相見(あいみ)るべし。妙法を論説(ろんぜつ)して本土に還るべし。
爾の時に文殊師利、千葉(せんよう)の蓮華の大(おおい)さ車輪(しゃりん)の如くなるに坐し、倶(とも)に来れる菩薩も亦宝蓮華(またほうれんげ)に坐して、大海の娑竭羅龍宮(しゃからりゅうぐう)より自然(じねん)に涌出(ゆじゅつ)して、虚空(こくう)の中に住し、霊鷲山(りょうじゅせん)に詣(もう)でて蓮華より下りて仏前に至り、頭面に二世尊(にせそん)の足(みあし)を敬礼(きょうらい)し、敬(うやまい)を修(しゅ)すること已(すで)に畢(おわ)って、智積の所(もと)に往(ゆ)いて共に相慰問(あいいもん)して、却って一面に坐しぬ。
智積菩薩、文殊師利に問わく、仁(きみ)、龍宮(りゅうぐう)に往いて化(け)する所の衆生、其の数、幾何(いくばく)ぞ。
文殊師利の言(い)わく、其の数、無量にして称計(しょうけい)すべからず。口の宣(の)ぶる所に非ず、心の測(はか)る所に非ず。且く須臾を待て。自ずから当に証(しょう)有るべし。
所言未(しょごんいま)だ竟(おわ)らざるに、無数の菩薩、宝蓮華に坐して海より涌出し、霊鷲山に詣でて虚空に住在(じゅうざい)せり。此の諸の菩薩は、皆、是(これ)文殊師利の化度(けど)せる所なり。菩薩の行を具して、皆共(みなとも)に六波羅蜜を論説す。本(もと)、声聞なりし人は虚空の中に在(あ)って声聞の行を説く。今、皆(みな)大乗の空(くう)の義を修行す。