太宗第四代玄宗(げんそう)皇帝の御宇、開元(かんげん)四年と同八年に、西天(せいてん)印度より善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)・金剛智(こんごうち)三蔵・不空(ふくう)三蔵、大日(だいにち)経・金剛頂経(こんごうちよう)・蘇悉地(そしつち)経を持(もち)て渡り、真言宗を立つ。
この宗の立義(りゆうぎ)に云く、教に二種あり。一には釈迦の顕教、いわゆる華厳・法華等。二には大日の密教、いわゆる大日経等なり。法華経は顕教の第一なり。この経は大日の密教に対すれば、極理(ごくり)は少し同じけれども、事相(じそう)の印契(いんけい)と真言(しんごん)とはたえてみへず。三密相応(さんみつそうおう)せざれば不了義経等と云云。
已上法相・華厳・真言の三宗一同に天台法華宗をやぶれども、天台大師程の智人(ちにん)、法華宗の中になかりけるかの間、内々はゆはれなき由(よし)は存じけれども、天台のごとく公場(こうじよう)にして論ぜられざりければ、上(かみ)国王・大臣、下(しも)一切の人民にいたるまで、皆仏法に迷ひて、衆生(しゆじよう)の得道(とくどう)みなとどまりけり。
これらは像法の後(のち)の五百年の前二百余年が内なり。