撰時抄

人王第四十四代元正(げんしよう)天王の御宇に、天竺(てんじく)より大日経をわたしてありしかども、しかも弘通せずして漢土へかへる。この僧をば善無畏(ぜんむい)三蔵という。

人王第四十五代に聖武(しようむ)天皇の御宇に、審祥(しんじよう)大徳、新羅国(しらぎこく)より華厳宗をわたして、良弁(ろうべん)僧正・聖武天王にさづけたてまつりて、東大寺の大仏を立てさせ給えり。

同じき御代に大唐の鑑真和尚(がんじんわじよう)、天台宗と律宗をわたす。その中に律宗をば弘通し、小乗の戒場(かいじよう)を東大寺に建立(こんりゆう)せしかども、法華宗の事をば名字(みようじ)をも申し出させ給はずして入滅し了(おわ)んぬ。