撰時抄

寂滅道場(じやくめつどうじよう)の砌(みぎり)には十方(じつぽう)の諸仏示現(しよぶつじげん)し、一切の大菩薩集会(しゆうえ)し給ひ、梵(ぼん)・帝(たい)・四天は衣(ころも)をひるがへし、竜神(りゆうじん)・八部(はちぶ)は掌(たなごころ)を合せ、凡夫大根性(ぼんぶだいこんじよう)の者は耳をそばだて、生身得忍(しようしんとくにん)の諸菩薩(しよぼさつ)、解脱月(げだつがつ)等、請(しよう)をなし給ひしかども、世尊(せそん)は二乗作仏(にじようさぶつ)・久遠実成(くおんじつじよう)をば名字(みようじ)をかくし、即身成仏(そくしんじようぶつ)・一念三千(いちねんさんぜん)の肝心(かんじん)、その義を宣(のべ)給はず。

これらは偏(ひとえ)にこれ機はありしかども、時の来(きた)らざればのべさせ給はず。経に云く、〔「説くべき時いまだ至らざるが故に」〕等と云云。

霊山会上(りようぜんえじよう)の砌(みぎり)には閻浮(えんぶ)第一の不孝の人たりし阿闍世(あじやせ)大王座(ざ)につらなり、一代謗法(いちだいほうぼう)の提婆達多(だいばだつた)には天王如来(てんのうによらい)と名をさづけ、五障(ごしよう)の竜女(りゆうによ)は蛇身(じやしん)をあらためずして仏になる。

決定性(けつじようしよう)の成仏(じようぶつ)は燋種(いれるたね)の花さき果(み)なり、久遠実成は百歳の翁(おきな)二十五の子となれるかとうたがふ。

一念三千は九界即仏界(くかいそくぶつかい)、仏界即九界と談ず。

さればこの経の一字は如意宝珠(によいほうじゆ)なり。一句は諸仏の種子(しゆうじ)となる。これらは機の熟(じゆく)・不熟はさてをきぬ、時の至れるゆへなり。〔経に云く、「今正(まさ)しく是(こ)れ其(そ)の時なり、決定して大乗を説かん」〕等と云云。