撰時抄

彼(か)の学者等、始は慢幢山(まんどうやま)のごとし、悪心毒蛇(あくしんどくじや)のやうなりしかども、終に王の前にしてせめをとされ、六宗七寺一同に御弟子(みでし)となりぬ。

例せば、漢土の南北の諸師、陳殿(ちんでん)にして天台大師にせめをとされて御弟子となりしがごとし。これはこれ円定(えんじよう)・円慧計(えんねばか)りなり。その上、天台大師のいまだせめ給はざりし小乗の別受戒(べつじゆかい)をせめをとし、六宗の八大徳に梵網経(ぼんもうきよう)の大乗別受戒をさづけ給ふのみならず、法華経の円頓(えんどん)の別受戒を叡山に建立(こんりゆう)せしかば、延暦円頓(えんりやくえんどん)の別受戒は日本第一たるのみならず、仏の滅後一千八百余年が間、身毒(けんどく)・尸那(しな)・一閻浮提(いちえんぶだい)にいまだなかりし霊山(りようぜん)の大戒日本国に始る。

されば伝教大師は、その功(こう)を論ずれば、竜樹(りゆうじゆ)・天親(てんじん)にもこえ、天台・妙楽(みようらく)にも勝(すぐ)れてをはします聖人(しようにん)なり。されば日本国の当世(とうせい)の東寺・薗城(おんじよう)・七大寺、諸国の八宗・浄土・禅宗・律宗等の諸僧等、誰人(たれひと)か伝教大師の円戒をそむくべき。かの漢土九国の諸僧等は、円定・円慧は天台の弟子ににたれども、円頓(えんどん)一同の戒場は漢土になければ、戒にをいては弟子とならぬ者もありけん。この日本国は伝教大師の御弟子(みでし)にあらざる者は外道(げどう)なり、悪人なり。しかれども漢土・日本の天台宗と真言の勝劣は、大師心中(しんちゆう)には存知(ぞんち)せさせ給ひけれども、六宗と天台宗とのごとく公場にして勝負なかりけるゆへにや、伝教大師已後には東寺・七寺・園城(おんじよう)の諸寺、日本一州一同に、真言宗は天台宗に勝(すぐ)れたりと上一人(かみいちじん)より下万人(しもばんにん)にいたるまでをぼしめしをもえり。

しかれば天台法華宗は伝教大師の御時計(おんときばか)りにぞありける。この伝教の御時は像法の末(すえ)、大集経(だいしつきよう)の多造塔寺堅固(たぞうとうじけんご)の時なり。

いまだ「我が法の中において闘諍言訟(とうじようごんじよう)して白法隠没(びやくほうおんもつ)せん」の時にはあたらず。