撰時抄

この事一定ならば、闘諍堅固(とうじようけんご)の時、日本国の王臣と並に万民等が、仏の御使(おんつかい)として南無妙法蓮華経と流布(るふ)せんとするを、或(あるい)は罵詈(めり)し、或は悪口(あつく)し、或は流罪(るざい)し、或は打擲(ちようちやく)し、弟子・眷属(けんぞく)等を種々の難にあわする人々、いかでか安穏にては候べき。これをば愚痴(ぐち)の者は咒詛(じゆそ)すとをもいぬべし。

法華経をひろむる者は日本の一切衆生(いつさいしゆじよう)の父母(ふぼ)なり。章安大師(しようあんだいし)云く、〔「彼(かれ)がために悪を除くは、すなわちこれ彼が親なり」〕等と云云。

されば日蓮は当帝(とうたい)の父母、念仏者・禅衆(ぜんしゆ)・真言師等が師範なり、また主君なり。

しかるを上一人(かみいちじん)より下万民(しもばんみん)にいたるまであだをなすをば、日月いかでか彼等が頂(いただき)を照し給ふべき。地神(ちじん)いかでか彼等の足を載せ給ふべき。提婆達多(だいばだつた)は仏を打ちたてまつりしかば、大地揺動(ようどう)して火炎(かえん)いでにき。檀弥羅王(だんみらおう)は師子尊者(ししそんじや)の頭(こうべ)を切りしかば、右の手、刀とともに落ちぬ。徽宗(きそう)皇帝は法道(ほうどう)が面(かお)にかなやき(火印)をやきて江南(こうなん)にながせしかば、半年が内にえびすの手にかかり給ひき。蒙古(もうこ)のせめもまたかくのごとくなるべし。