問うて云く、唐(とう)の末(すえ)に不空(ふくう)三蔵一巻の論をわたす。その名を菩提心論(ぼだいしんろん)となづく。竜猛(りゆうみよう)菩薩の造(ぞう)なり云云。
弘法(こうぼう)大師云く、「この論は竜猛千部の中の第一肝心の論」と云云。
答へて云く、この論一部七丁(ちよう)あり。竜猛の言(ことば)ならぬ事、処々(しよしよ)に多し。故に目録にも或は竜猛、或は不空と両方なり。いまだ事定まらず。
その上、この論文(ろんもん)は一代を括(くく)れる論にもあらず。荒量(こうりよう)なる事これ多し。
先(ま)ず「唯真言法中(ゆいしんごんほうちゆう)」の肝心の文あやまりなり。その故(ゆえ)は、文証(もんしよう)・現証(げんしよう)ある法華経の即身成仏(そくしんじようぶつ)をばなきになして、文証も現証もあとかたもなき真言の経に即身成仏を立てて候。
また「唯(ただ)」という「唯(ゆい)」の一字は第一のあやまりなり。
事(こと)のていを見るに、不空三蔵の私につくりて候を、時の人にをも(重)くせさせんがために、事(こと)を竜猛(りゆうみよう)によせたるか。