撰時抄

その上、不空三蔵は誤る事かずをほし。いわゆる法華経の観智(かんち)の儀軌(ぎき)に、寿量品(じゆりようほん)を阿弥陀仏(あみだぶつ)とかける、眼の前の大僻見(だいびやつけん)。陀羅尼品(だらにほん)を神力品(じんりきほん)の次にをける、属累品(ぞくるいほん)を経末(きようまつ)に下(くだ)せる。これらはいうかひなし。

さるかと見れば、天台の大乗戒を盗んで代宗(だいそう)皇帝に宣旨(せんじ)を申し、五台山(ごだいさん)の五寺に立てたり。しかもまた真言の教相には天台宗をす(為)べしといえり。かたがた誑惑(おうわく)の事(こと)どもなり。

他人の訳(やく)ならば用ふる事もありなん。この人の訳せる経・論は信ぜられず。

惣じて月支(がつし)より漢土(かんど)に経・論をわたす人、旧訳(くやく)・新訳に一百八十六人なり。

羅什(らじゆう)三蔵を除(のぞ)きては、いづれの人々も誤らざるはなし。その中に不空三蔵は殊(こと)に誤り多き上、誑惑の心顕(あらわ)なり。