疑ふて云く、何(な)にをもつて知るぞや、羅什三蔵より外(ほか)の人々はあやまりなりとは。
汝が禅宗・念仏・真言等の七宗を破るのみならず、漢土・日本にわたる一切の訳者(やくしや)を用ひざるか、いかん。
答へて云く、この事は余が第一の秘事(ひじ)なり。委細には向つて問ふべし。
ただしすこし申すべし。羅什三蔵の云く、「我(われ)漢土の一切経(いつさいきよう)を見るに、皆梵語のごとくならず、いかでかこの事を顕(あらわ)すべき。ただし一つの大願あり。身を不浄になして妻をたひ(帯)すべし。舌計(ばか)り清浄(しようじよう)になして仏法に妄語(もうご)せじ。我(われ)死せば必ずやくべし。焼かん時、舌焼くるならば我が経をすてよ」と、常に高座(こうざ)してきかせ給ひしなり。
上一人(かみいちじん)より下万民(しもばんみん)にいたるまで願(がん)して云く、「願くは羅什三蔵より後に死せん」と。
終(つい)に死し給ふ後、焼きたてまつりしかば、不浄の身は皆灰となりぬ。御舌計(おんしたばか)り火中(かちゆう)に青蓮華生(しようれんげおい)てその上にあり。五色(ごしき)の光明を放ちて夜は昼のごとく、昼は日輪(にちりん)の御光をうばい給ひき。
さてこそ一切の訳人(やくにん)の経々は軽くなりて、羅什(らじゆう)三蔵の訳し給へる経々、殊に法華経は漢土にはやすやすとひろまり候しか。