疑ふて云く、正法(しようぼう)一千年の論師(ろんじ)の内心には、法華経の実義(じつぎ)の顕密の諸経に超過してあるよしはしろしめしながら、外には宣説(せんぜつ)せずして、ただ権大乗(ごんだいじよう)計りを宣べさせ給ふことはしかるべしとわをぼへねども、その義はすこしきこえ候ひぬ。
像法(ぞうぼう)一千年の半(なかば)に天台智者大師出現して、題目の妙法蓮華経の五字を玄義(げんぎ)十巻一千枚にかきつくし、文句(もんぐ)十巻には始め「如是我聞(によぜがもん)」より終り「作礼而去(さらいにこ)」にいたるまで、一字一句に因縁(いんねん)・約教(やつきよう)・本迹(ほんじやく)・観心(かんじん)の四の釈をならべてまた一千枚に尽し給ふ。
已上玄義・文句の二十巻には、一切経(いつさいきよう)の心を江河(ごうが)として法華経を大海にたとえ、十方界(じつぽうかい)の仏法の露(つゆ)一渧(たい)も漏(もら)さず、妙法蓮華経の大海に入(いれ)させ給いぬ。
その上、天竺の大論(だいろん)の諸義一点ももらさず、漢土南北の十師の義、破すべきをばこれをはし、取るべきをばこれを用ふ。
その上、止観(しかん)十巻を注して、一代の観門(かんもん)を一念にすべ、十界(じつかい)の依正(えしよう)を三千につづめたり。この書の文体(ぶんたい)は、遠くは月支一千年の間の論師(ろんじ)にも超(こ)え、近くは尸那(しな)五百年の人師(にんし)の釈にも勝(すぐ)れたり。