問ふ、いかなる秘法ぞ。先(ま)づ名をきき、次に義をきかんとをもう。
この事もし実事(じつじ)ならば、釈尊の二度世に出現し給ふか。上行菩薩の重ねて涌出せるか。いそぎいそぎ慈悲をたれられよ。
彼(か)の玄奘(げんじよう)三蔵は六生(ろくしよう)を経(へ)て月氏(がつし)に入つて十九年、法華一乗は方便教(ほうべんきよう)、小乗阿含(あごん)経は真実教。不空(ふくう)三蔵は身毒(けんどく)に返(かえ)りて寿量品を阿弥陀仏とかかれたり。これらは東を西という、日を月とあやまてり。身を苦しめてなにかせん、心に染(そみ)てようなし。
幸我等(さいわいわれら)末法に生れて、一歩をあゆまずして三祇(さんぎ)をこえ、頭(こうべ)を虎(とら)にか(飼)わずして無見頂相(むけんちようそう)をえん。
答へて云く、この法門を申さん事は、経文に候へばやすかるべし。
ただしこの法門には先(ま)づ三つの大事あり。大海は広けれども死骸をとどめず。大地は厚けれども不孝の者をば載せず。仏法には五逆をたすけ、不孝をばすくう。
ただし誹謗一闡提(ひほういつせんだい)の者、持戒(じかい)にして大智なるをばゆるされず。この三つのわざわひとは、いわゆる念仏宗と禅宗と真言宗となり。