撰時抄

一には念仏宗は日本国に充満して、四衆の口あそびとす。

二に禅宗は三衣一鉢(さんねいつぱつ)の大慢の比丘(びく)の四海に充満して、一天(いつてん)の明導(みようどう)とをもへり。

三に真言宗はまた彼等の二宗にはにるべくもなし。叡山・東寺・七寺・薗城(おんじよう)、或は官主(かんしゆ)、或は御室(おむろ)、或は長吏(ちようり)、或は検校(けんぎよう)なり。かの内侍所(ないしどころ)の神鏡燼灰(みかがみじんかい)となりしかども、大日如来の宝印(ほういん)を仏鏡(ぶつきよう)とたのみて、宝剣西海(ほうけんさいかい)に入りしかども、五大尊(ごだいそん)をもつて国敵を切らんと思へり。

これらの堅固(けんご)の信心は、たとひ劫石(こうせき)はひすらぐともかたぶくべしとはみへず。大地は反覆(はんぷく)すとも疑心(ぎしん)をこりがたし。

彼(か)の天台大師の南北をせめ給ひし時も、この宗いまだわたらず。

この伝教大師の六宗をしえたげ給ひし時ももれぬ。かたがたの強敵(ごうてき)をまぬがれて、かへて大法をかすめ失う。

その上、伝教大師の御弟子慈覚(みでしじかく)大師、この宗をとりたてゝ叡山の天台宗をかすめをとして、一向(いつこう)真向宗になししかば、この人には誰の人か敵をなすべき。

かゝる僻見(びやつけん)のたよりをえて、弘法(こうぼう)大師の邪義(じやぎ)をもとがむる人もなし。

安然和尚(あんねんわじよう)すこし弘法を難(なん)ぜんとせしかども、ただ華厳(けごん)宗のところ計(ばか)りとがむるにて、かへて法華経をば大日経に対して沈みはてぬ。ただ世間のたて入(い)りの者のごとし。