撰時抄

禅宗はまたこの便(たより)を得て持斎等(じさいとう)となつて人の眼(まなこ)を迷(まどわ)かし、たつとげなる気色なれば、いかにひがほうもん(法門)をいゐくるへども、失(とが)ともをぼへず。

禅宗と申す宗は、教外別伝(きようげべつでん)と申して、釈尊の一切経の外(ほか)に迦葉(かしよう)尊者にひそかにさゝやかせ給えり。

されば禅宗をしらずして一切経を習うものは、犬の雷をかむがごとし。猿の月の影をとるににたり云云。

この故に日本国の中に不孝にして父母にすてられ、無礼(ぶれい)なる故に主君にかんだうせられ、あるいは若(じやく)なる法師等の学文(がくもん)にものうき、遊女(ゆうじよ)のものぐるわしき本性に叶へる邪法なるゆへに、皆一同に持斎になりて、国の百姓(ひやくしよう)をくらう蝗虫(いなむし)となれり。

しかれば天は天眼(てんげん)をいからかし、地神は身をふるう。