彼(か)の月氏(がつし)の大慢婆羅門(だいまんばらもん)は生知(しようち)の博学(はくがく)、顕密(けんみつ)二道胸にうかべ、内外(ないげ)の典籍掌(てんせきたなごころ)ににぎる。されば王臣頭(こうべ)をかたぶけ、万民(ばんみん)師範と仰ぐ。あまりの慢心に、世間に尊崇(そんすう)する者は、大自在天(だいじざいてん)・婆籔(ばそ)天・那羅延(ならえん)天・大覚(だいがく)世尊、この四聖(ししよう)なり。我が座の四足にせんと、座の足につくりて坐して法門を申しけり。
当時の真言師が釈迦仏等の一切の仏をかきあつめて、灌頂(かんじよう)する時、敷(しき)まんだらとするがごとし。禅宗の法師等が云く、この宗は仏の頂(いただき)をふむ大法なりというがごとし。
しかるを賢愛論師(けんあいろんじ)と申せし小僧(しようそう)あり。彼(かれ)をただすべきよし申せしかども、王臣万民これをもちゐず、結句は大慢が弟子等・檀那(だんな)等に申しつけて、無量の妄語をかまへて悪口打擲(あつくちようちやく)せしかども、すこしも命もをしまずのゝしりしかば、帝王賢愛をにくみてつめ(詰)させんとし給ひしほどに、かへりて大慢がせめられたりしかば、大王天に仰ぎ地に伏してなげいての給はく、朕(ちん)はまのあたりこの事をきひて邪見をはらしぬ。
先王(せんおう)はいかにこの者にたぼらかされて阿鼻地獄(あびじごく)にをはすらんと、賢愛論師の御足(みあし)にとりつきて悲涙せさせ給ひしかば、賢愛の御計(おんはから)いとして、大慢を驢(ろ)にのせて、五竺(ごじく)に面(おもて)をさらし給ひければ、いよいよ悪心盛(さかん)になりて現身(げんしん)に無間地獄(むけんじごく)に堕ちぬ。
今の世の真言と禅宗等とはこれにかわれりや。