ただし日輪を射るとゆめにみたるは吉夢なりというべきか。内典(ないてん)五千七千余巻・外典(げてん)三千余巻の中に、日を射るとゆめに見て吉夢なる証拠をうけ給はるべし。
少少これより出(いだ)し申さん。阿闍世(あじやせ)王は天より月落(おつ)るとゆめにみて、耆婆(ぎば)大臣に合せさせ給ひしかば、大臣合せて云く、仏の御入滅(ごにゆうめつ)なり。須抜多羅(しゆばつたら)、天より日落るとゆめにみる。我(われ)とあわせて云く、仏の御入滅なり。修羅(しゆら)は帝釈(たいしやく)と合戦(かつせん)の時、まず日月をいたてまつる。夏(か)の桀(けつ)・殷(いん)の紂(ちゆう)と申せし悪王は、常に日をいて身をほろぼし国をやぶる。摩耶夫人(まやぶにん)は日をはらむとゆめにみて悉達太子(しつたたいし)をうませ給ふ。かるがゆへに仏のわらわなをば日種(につしゆ)という。
日本国と申すは、天照太神(あまてらすおおみかみ)の日天にしてましますゆへなり。さればこのゆめは、天照太神・伝教大師・釈迦仏・法華経をいたてまつれる矢にてこそ二部の疏は候なれ。
日蓮は愚癡(ぐち)の者なれば、経論もしらず。ただこの夢をもつて法華経に真言すぐれたりと申す人は、今生(こんじよう)には国をほろぼし、家を失ひ、後生(ごしよう)にはあび地獄に入るべしとはしりて候。