この念仏と申すは双観経(そうかんぎよう)・観経(かんぎよう)・阿弥陀経の題名(だいみよう)なり。
権大乗経の題目の広宣流布するは、実大乗経の題目の流布せんずる序(じよ)にあらずや。心あらん人はこれをすい(推)しぬべし。
権経流布せば実経流布すべし。権経の題目流布せば実経の題目もまた流布すべし。
欽明(きんめい)より当帝(とうてい)にいたるまで七百余年、いまだきかず、いまだ見ず、南無妙法蓮華経と唱へよと他人をすゝめ、我(われ)と唱へたる智人(ちにん)なし。
日出(いで)ぬれば星かくる。賢王来(きた)れば愚王ほろぶ。
実経流布せば権経のとどまり、智人(ちにん)南無妙法蓮華経と唱えば愚人(ぐにん)のこれに随はんこと、影と身と、声と響(ひびき)とのごとくならん。
日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし。これをもつてすいせよ。漢土・月支にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者はあるべからず。