撰時抄

問うて云く、正嘉(しようか)の大地しん・文永の大彗星(すいせい)はいかなる事によつて出来(しゆつたい)せるや。

答へて云く、天台云く、〔「智人(ちにん)は起(き)を知り、蛇(じや)は自(おのずか)ら蛇を識(し)る」〕等と云云。

問うて云く、心いかん。

答へて云く、上行(じようぎよう)菩薩の大地より出現し給ひたりしをば、弥勒(みろく)菩薩・文殊師利(もんじゆしり)菩薩・観世音(かんぜおん)菩薩・薬王(やくおう)菩薩等の四十一品(ぽん)の無明(むみよう)を断ぜし人々も、元品(がんぽん)の無明を断ぜざれば愚人といわれて、寿量品の南無妙法蓮華経の末法に流布せんずるゆへに、この菩薩を召し出(いだ)されたるとはしらざりしという事なり。

問うて云く、日本・漢土・月支の中にこの事を知る人あるべしや。

答へて云く、見思(けんじ)を断尽(だんじん)し、四十一品の無明を尽せる大菩薩だにもこの事をしらせ給はず、いかにいわうや、一毫(いちごう)の惑(わく)をも断ぜぬ者どものこの事を知るべきか。