撰時抄

されば現(げん)に勝(すぐ)れたるを勝れたりという事は、慢ににて大功徳(だいくどく)となりけるか。伝教大師云く、〔「天台法華宗の諸宗に勝れたるは、所依(しよえ)の経に拠(よ)るが故なり。自讃毀他(じさんきた)にあらず」〕等と云云。

法華経第七に云く、〔「衆山(しゆせん)の中に須弥山(しゆみせん)これ第一なり。この法華経もまたかくのごとし。諸経の中において最もこれその上(かみ)なり」〕等と云云。この経文は、已説(いせつ)の華厳・般若・大日経等、今説の無量義経、当説の涅槃経等の五千七千、月支・竜宮・四王天・忉利(とうり)天・日月の中の一切経、尽十方界(じんじつぽうかい)の諸経は土山(どせん)・黒(こく)山・小鉄囲山(しようてつちせん)・大鉄囲山のごとし。日本国にわたらせ給へる法華経は須弥山のごとし。

また云く、〔「よくこの経典を受持(じゆじ)することあらん者もまたかくのごとし。一切衆生(しゆじよう)の中においてまたこれ第一なり」〕等と云云。

この経文をもつて案ずるに、華厳経を持(たもて)る普賢(ふげん)菩薩・解脱月(げだつがつ)菩薩等、竜樹(りゆうじゆ)菩薩・馬鳴(めみよう)菩薩・法蔵(ほうぞう)大師・清涼(しようりよう)国師・則天皇后(そくてんこうごう)・審祥(しんじよう)大徳・良弁(ろうべん)僧正・聖武(しようむ)天皇、深密(じんみつ)・般若経を持(たもて)る勝義生(しようぎしよう)菩薩・須菩提(しゆぼだい)尊者・嘉祥(かじよう)大師・玄奘(げんじよう)三蔵・太宗(たいそう)・高宗(こうそう)・観勒(かんろく)・道昭(どうしよう)・孝徳(こうとく)天皇、真言宗の大日経を持(たもて)る金剛薩埵(こんごうさつた)・竜猛(りゆうみよう)菩薩・竜智(りゆうち)菩薩・印生王(いんしようおう)・善無畏(ぜんむい)三蔵・金剛智(こんごうち)三蔵・不空(ふくう)三蔵・玄宗(げんそう)・代宗(だいそう)・恵果(けいか)・弘法(こうぼう)大師・慈覚(じかく)大師、涅槃経を持(たもち)し迦葉童子(かしようどうじ)菩薩・五十二類・曇無懺(どんむしん)三蔵・光宅寺法雲(こうたくじほううん)・南三北七の十師等よりも、末代悪世の凡夫の一戒も持(たも)たず、一闡提(いつせんだい)のごとくに人には思はれたれども、経文のごとく已今当(いこんとう)にすぐれて法華経より外(ほか)は仏になる道なしと強盛(ごうじよう)に信じて、しかも一分(いちぶん)の解(げ)なからん人々は、彼等(かれら)の大聖(だいしよう)には百千億倍のまさりなりと申す経文なり。