我、是の方便を設けて仏慧(ぶって)に入ることを得せしむ。未(いま)だ曽(かっ)て汝等(なんだち)、当に仏道を成ずることを得べしと説かず。
未だ曽て説かざる所以(ゆえん)は説時(せつじ)未だ至らざるが故なり。今、正(まさ)しく是れ其の時なり。決定(けつじょう)して大乗を説かん。
我が此の九部の法は衆生に隨順(ずいじゅん)して説く。大乗に入るに為(こ)れ本(もと)なり。故を以て是の経を説く。
仏子の心浄(こころきよ)く、柔軟に亦利根にして、無量の諸仏の所(みもと)にして深妙(じんみょう)の道を行(ぎょう)ずるあり。此の諸の仏子の為に是の大乗経を説く。
我、是(かく)の如き人、来世に仏道を成ぜんと記(き)す。深心(じんしん)に仏を念じ、浄戒(じょうかい)を修持(しゅうじ)するを以ての故に。
此(こ)れ等(ら)、仏を得べしと聞いて大喜身に充徧す。仏、彼(か)の心行(しんぎょう)を知れり。故に為に大乗を説く。
声聞(しょうもん)若(も)しは菩薩、我が所説の法を聞くこと、乃至(ないし)一偈(いちげ)に於てもせば、皆、成仏せんこと疑(うたがい)無し
。十方仏土の中には唯(ただ)一乗の法のみあり。二なく、亦(また)、三無し。仏の方便の説をば除く。但(ただ)仮(ほうべん)の名字(みおしえ)を以て衆生を引導したもう。仏の智慧を説かんが故なり。