未来の諸の世尊、其の数量有ることなけん。是の諸の如来等も亦方便して法を説きたまわん。 一切の諸の如来、無量の方便を以て諸の衆生を度脱して仏の無漏智(むろち)に入れたまわん。
若し法を聞くことあらん者は、一(ひと)りとして成仏せずということなけん。諸仏の本誓願(ほんせいがん)は、我が所行の仏道を普く衆生をして、亦同じく此の道を得せしめんと欲す。
未来世の諸仏、百千億無数(ひゃくせんのくむしゅ)の諸の法門を説きたもうと雖(いえど)も其れ実には一乗の為なり。諸仏両足尊(しょぶつりょうそくそん)の法は常に無性なり。 仏種(ぶっしゅ)は縁に従(よ)って起ると知(しら)しめす。是(こ)の故に一乗を説きたまわん。是の法は法位に住して世間の相に常住なり。道場に於て知しめし已って、導師、方便して説きたまわん。
天人の供養したてまつる所の現在十方の仏、其の数、恒沙(ごうじゃ)の如く世間に出現したもうは、衆生を安穏ならしめんが故に亦是の如き法を説きたもうならん。
第一の寂滅を知しめして、方便力を以ての故に種々の道を示すと雖も、其れ実には仏乗の為なり。衆生の諸行・深心の所念・過去所習の業・欲性精進力、及び諸根の利鈍を知しめして 種々の因縁・譬喩亦言辞を以て応に隨って方便して説きたもう。
今、我も亦是の如し。衆生を安穏ならしめんが故に種々の法門を以て仏道を宣示す。我、智慧力を以て衆生の性欲を知って、方便して諸法を説いて、皆歓喜することを得せしむ。