法を聞いて歓喜し讃(ほ)めて、乃至一言をも発(はっ)せば則ち為れ已に一切三世の仏を供養するなり。是の人、甚(はなは)だ希有なること、優曇華に過ぎたり。
汝等、疑(うたがい)有ることなかれ。我は為れ諸法の王、普く諸の大衆に告ぐ。但一乗の道を以て諸の菩薩を教化して声聞の弟子無し。
汝等(なんだち)舎利弗・声聞(しょうもん)及び菩薩、当に知るべし。是の妙法は諸仏の秘要(ひよう)なり。五濁の悪世には但(ただ)諸欲に楽著(ぎょうじゃく)せるを以て、是の如き等の衆生は終に仏道を求めず。当来世(とうらいせ)の悪人は仏説の一乗を聞いて 迷惑して信受せずして法を破し悪道に墮(だ)せん。
慚愧清浄(ざんきしょうじょう)にして仏道を志求する者あらば、当に是の如き等の為に広く一乗の道を讃むべし。
舎利弗当に知るべし。諸仏の法是の如く万億の方便を以て宜しきに隨って法を説きたもう。 其の習学せざる者は此れを暁了(ぎょうりょう)すること能(あた)わじ。汝等、既已(すで)に諸仏、世の師の隨宜方便(ずいきほうべん)の事を知りぬ。復、諸の疑惑なく心に大歓喜を生じて自ら当に作仏すべしと知れ