復(また)舎利(しゃり)を安(あん)ずることを須(もち)いず。
所以は何ん。此の中には已に如来の全身います。此の塔をば一切の華・香・瓔珞・繒蓋・幢旛・伎楽・歌頌(かじゅ)を以て供養・恭敬・尊重・讃歎したてまつるべし。
若し人あって此の塔を見たてまつることを得て礼拝し供養せん。当に知るべし。是等(これら)は皆阿耨多羅三藐三菩提に近づきぬ。
薬王、多く人あって在家・出家の菩薩の道を行ぜんに、若し此の法華経を見聞し読誦し書持し供養すること得ること能(あた)わずんば、当に知るべし、是の人は未だ善く菩薩の道を行ぜざるなり。
若し是の経典を聞くこと得ることあらん者は、乃(すなわ)ち能善(よく)菩薩の道を行ずるなり。
其れ、衆生の仏道を求むる者あって、是の法華経を若しは見、若しは聞き、聞き已って信解し受持せば、当に知るべし、是の人は阿耨多羅三藐三菩提に近づくことを得たり。