無量義経十功徳品第三

善男子、第十にこの経の不可思議の功徳力とは、

もし善男子、善女人、もしは仏の在世、もしは滅度の後に、もしこの経を得て大歓喜を発し、稀有の心を生じ、既に自ら受持し読誦し書写し供養し説の如く修行し、復、よく広く在家出家の人を勧めて、受持し読誦し書写し供養し解説し、法の如く修行せしめん。

既に余人をして、この経を修行せしむる力の故に、得道・得果せんこと、皆、この善男子、善女人の慈心をもって勤(ねんご)ろに化する力によるがゆえなり。

この善男子、善女人は、即ちこの身において、便ち無量の諸の陀羅尼門を逮得せん。

凡夫地(ぼんぶち)において、自然に初めのときによく無数阿曾衹(むしゅあそぎ)の弘誓(ぐせい)大願を発し、深くよく一切衆生を救わんことを発し、大悲を成就し、広くよく諸の苦を抜き、厚く善根を集めて、一切を饒益(にょうやく)せん。

しこうして法の沢(うるおい)を演(の)べて洪(おお)いに枯涸(こかく)に潤し、よく法の薬を以て諸の衆生に施し、一切を安楽し、漸見超登(ぜんけんちょうとう)して法雲地(ほううんち)に住せしめん。

恩沢(おんたく)、普く潤し、慈、被(ひ)すること外(ほか)なく、苦の衆生を摂して道跡(どうしゃく)に入らしめん。

このゆえにこの人は、久からずして阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得ん。

善男子、是をこの経の第十の功徳不思議の力と名づく。