無量義経十功徳品第三

善男子、第三にこの経の不可思議の功徳力とは、

もし衆生あって、この経を聞くことを得て、もしは一転、もしは一偈(いちげ)、乃至(ないし)、一句もせば、百千億(ひゃくせんのく)の義を通達しおわって、煩悩ありと雖(いえど)も煩悩無きが如く、生死に出入(しゅつにゅう)すれども怖畏(ふい)の想いなけん。

諸の衆生に於いて憐愍(れんみん)の心を生じ、一切の法において勇健(ゆうごん)の想いを得ん。

壮(さか)んなる力士の諸有(しょう)の重き者ををよく擔(にな)い、よく持(たも)つが如く、この持経(じきょう)の人も亦復是の如し。

よく無上菩提の重き宝を荷い、衆生を擔負(たんぷ)して生死の道を出(い)だす。

未だ自ら度すること能わされども、已(すで)によく彼を度せん。なお船師(せんし)の身、重病に嬰(かか)り、四体おさまらずして、この岸に安止(あんし)すれども、好き堅牢の舟船(しゅせん)、常に諸の彼を度する者の具に弁ぜることあるを、給い与えて去らしむるが如く、この持経者も亦復是の如し。

五道(ごどう)諸有の身、百八の重病に嬰(かか)り、常に相纏(あいまと)わされて無明老死(むみょうろうし)のこの岸に安止せりといえども、しかも堅牢なるこの大乗経、無量義のよく衆生を度することを弁ずることあるを、説の如く行する者は、生死を度することを得るなり。

善男子、是をこの経の第三の不可思議の力と名づく。