無量義経十功徳品第三

善男子、第六にこの経の不可思議の功徳力とは、

もし善男子・善女人、もしは仏の在世もしは滅度の後にこの経典を受持し読誦せん者は、煩悩を具せりといえども、しかも衆生の為に法を説いて、煩悩生死を遠離し、一切の苦を断ずることを得せしめん。

衆生、聞きおわって修行して、得法・得果・得道すること、仏如来と等しくして差別なけん。

譬えば、王子、復、稚小(ちしょう)なりといえども、もし王の巡遊(じゅんゆう)し及び疾病せんに、この王子に委(まか)せて国事を領理せしむ。王子、是(こ)の時、大王の命によって、法の如く群僚百官(ぐんりょうひゃっかん)を教令(きょうりょう)し、正化(しょうけ)を宣流(せんる)するに、国土の人民、各(おのおの)、その要に随って、大王の治(じ)するが如く等しくして異なることあることなきが如し。

持経の善男子、善女人も亦復是の如し。もしは仏の在世、もしは滅度の後、この善男子、未だ初不動地(しょふどうじ)に住することを得ずといえども、仏の是の如く教法を用説(ゆうせつ)したもうによって、しかも之を敷演(ふえん)せん。衆生聞きおわって、一心に修行せば、煩悩を断除(だんじょ)し、得法・得果、乃至、得道せん。

善男子、是をこの経の第六の功徳不思議の力と名づく。