一人の為にするが如く衆多(しゅうた)も亦然(またしか)なり。常に法を演説して曽(かっ)て他事(たじ)無し。去来坐立(こらいざりゅう)、終(つい)に疲猒(ひけん)せず。世間に充足すること、雨の普く潤すが如し。貴賤上下(きせんじょうげ)、持戒毀戒(じかいきかい)、威儀(いぎ)具足せる及び具足せざる、正見邪見(しょうけんじゃけん)・利根鈍根(りこんどんこん)に等しく法雨(ほうう)を雨(ふ)らして懈倦(けけん)無し。
一切衆生の我が法を聞く者は、力の受くる所に隨って諸の地に住す。
或(あるい)は人天・転輪聖王(てんりんじょうおう)・釈梵諸王(しゃくぼんしょおう)に処(しょ)する。是れ、小の薬草なり。
無漏(むろ)の法を知って能く涅槃を得(え)、六神通(ろくじんつう)を起(はっ)し及び三明(さんみょう)を得(え)、独(ひとり)山林(せんりん)に処し、常に禅定を行じて、縁覚(えんがく)の証(しょう)を得る。是れ、中の薬草なり。
世尊の処を求めて我当に作仏すべしと精進・定を行ずる。是れ、上の薬草なり。