又、諸の仏子、心を仏道に専(もっぱ)らにして常に慈悲を行じ自ら作仏せんこと、決定して疑(うたがい)無しと知る。是れを小樹(しょうじゅ)と名(なづ)く。
神通に安住して、不退(ふたい)の輪(りん)を転(てん)じ、無量億百千(むりょうおくひゃくせん)の衆生を度する。是の如き菩薩を名けて大樹(だいじゅ)と為(な)す。
仏の平等の説は一味の雨の如し。衆生の性(しょう)に隨って受くる所、不同なること、彼の草木の稟(う)くる所、各異(おのおのことな)るが如し。
仏、此の喩を以て方便して開示し、種々の言辞をもって一法を演説すれども仏の智慧に於ては海の一滴の如し。我、法雨を雨らして世間に充満す。
一味の法を力に隨って修行すること、彼の叢林(そうりん)・薬草・諸樹の其の大小に隨って、漸(ようや)く増茂(ぞうも)して好(よ)きが如し。諸仏の法は常に一味を以って、諸の世間をして普く具足することを得せしめたもう。
漸次(ぜんじ)に修行して、皆、道果(どうか)を得(え)、声聞・縁覚の山林に処し、最後身に住して法を聞いて果を得る。是れを薬草の各(おのおの)増長(ぞうちょう)することを得と名く。