薬草喩品第五

如来、時に是の衆生の諸根(しょこん)の利(り)・鈍(どん)・精進(しょうじん)・懈怠(けだい)を観(かん)じて、其の堪(た)うる所に隨って、為(ため)に法を説くこと種々無量(しゅじゅむりょう)にして、皆、歓喜し快(こころよ)く善利(ぜんり)を得せしむ。

是の諸の衆生、是の法を聞き已(おわ)って、現世安穏(げんぜあんのん)にして後に善処(ぜんしょ)に生(しょう)じ、道(どう)を以て楽(らく)を受け、亦、法を聞くことを得(え)ん。既(すで)に法を聞き已って諸の障礙(しょうげ)を離れ、諸法の中に於て力の能(た)うる所に任せて、漸(ようや)く道に入ることを得ん。

彼の大雲(だいうん)の一切の卉木・叢林及び諸の薬草に雨(あめふ)るに、其の種性の如くに具足(ぐそく)して潤(うるおい)を蒙(こうむ)り、各(おのおの)生長することを得るが如し。

如来の説法は一相一味(いっそういちみ)なり。所謂(いわゆる)、解脱相(げだつそう)・離相(りそう)・滅相(めっそう)なり。究竟(くきょう)して一切種智(いっさいしゅち)に至る。