世に出現すること、譬えば大雲(だいうん)の普く一切に覆うが如し。既(すで)に世に出でぬれば、諸の衆生の為に諸法の実(じつ)を分別し演説す。大聖世尊(だいしょうせそん)、諸の天人・一切の衆の中に於て是の言(みこと)を宣(の)ぶ。我は為れ如来、両足(りょうそく)の尊(そん)なり。世間に出ずること、猶(な)お大雲の如し。一切の枯槁(ここう)の衆生を充潤(じゅうにん)して、皆、苦を離れて、安穏(あんのん)の楽(らく)・世間の楽、及び涅槃の楽を得せしむ。
諸の天人衆、一心に善く聴け。皆、此に到って無上尊(むじょうそん)を観(み)るべし。我は為(こ)れ世尊なり。能く及ぶ者無し。衆生を安穏ならしめんが故に、世に現(げん)じて大衆の為に甘露(かんろ)の浄法(じょうほう)を説く。
其の法、一味にして解脱・涅槃なり。一(ひとつ)の妙音を以て斯の義を演暢(えんちょう)す。常に大乗の為に而も因縁を作(な)す。
我、一切を観ること、普く皆平等にして、彼此愛憎(ひしあいぞう)の心有ること無し。我、貪著(とんじゃく)なく、亦、限礙(げんげ)無し。恒(つね)に一切の為に平等に法を説く。