爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく
聖主世尊(しょうしゅせそん)久しく滅度したもうと雖(いえど)も宝塔の中に在(ましま)して尚(な)お法の為に来りたまえり。諸人、云何(いかん)ぞ勤(つと)めて法の為にせざらん。此の仏、滅度したまいて無央数劫(むおうしゅこう)なり。処々に法を聴きたもうことは遇(あ)い難(がた)きを以ての故なり。
彼の仏の本願は、我滅度(わがめつど)の後、在々所往(ざいざいしょおう)に常に法を聴かんが為にせん。又、我が分身無量の諸仏、恒沙等の如く、来れる法を聴き及び滅度の多宝如来を見たてまつらんと欲して、各、妙土(みょうど)及び弟子衆、天・人・龍神からの諸の供養の事を捨てて、法をして久しく住せしめんが故に此に来至したまえり。
諸仏を坐せしめんが為に、神通力を以て、無量の衆を移して国をして清浄ならしむ。諸仏、各々に宝樹下に詣(いた)りたもう。清涼池(しょうりょうち)の蓮華、荘厳せるが如し。其の宝樹下の諸の師子座に仏、其の上に坐したまいて光明厳飾(こうみょうごんじき)せること、夜の闇の中に大なる炬火(こか)を然(とも)せるが如し。
身より妙香(みょうこう)を出して十方の国に徧(へん)じたもう。衆生、薫(におい)を蒙(こうむ)って喜(よろこび)自ら勝(た)えず。譬えば大風の小樹(しょうじゅ)の枝を吹(ふ)くが如し。是の方便を以て法をして久しく住せしむ。