見宝塔品第十一

仮使(たとえ)人あって手に虚空を把(にぎ)って以て遊行(ゆぎょう)すとも亦未だ難しとせず。我が滅後に於て若しは自らも書き持(たも)ち、若しは人をしても書かしめん。是れ則ち難しとす。

若し大地を以て足の甲の上に置いて梵天(ぼんてん)に昇(のぼ)らんも亦未だ難しとせず。仏の滅度の後に悪世の中に於て暫(しばら)くも此の経を読まん。是れ則ち難しとす。

仮使(たとえ)劫焼(こうしょう)に乾(かわ)ける草を担(にな)い負(お)うて中に入って焼けざらんも、亦未だ難しとせず。我が滅度の後に、若し此の経を持って一人の為にも説かん。是れ則ち難しとす。

若し八万四千の法蔵(ほうぞう)、十二部経(じゅうにぶきょう)を持(たも)って人の為に演説して、諸の聴かん者をして六神通(ろくじんつう)を得せしめん。能く是の如くすと雖も亦未だ難しとせず。我が滅後に於て、此の経を聴受(ちょうじゅ)して其の義趣(ぎしゅ)を問(と)わん。是れ則ち難しとす。