見宝塔品第十一

爾の時に菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)あり。大楽説(だいぎょうせつ)と名(なづ)く。

一切世間の天・人・阿修羅等の心の所疑(しょぎ)を知って、仏に白(もう)して言(もう)さく、

世尊(せそん)、何(なん)の因縁(いんねん)を以てか此の宝塔あって地より涌出し、又、其の中より是の音声を発(はっ)したもう。

爾の時に仏、大楽説菩薩に告(つ)げたまわく、

此の宝塔の中に如来の全身います。

乃往過去(ないおうかこ)に、東方(とうぼう)の無量千万億阿僧祇(むりょうせんまんのくあそうぎ)の世界に国を宝浄(ほうじょう)と名く。

彼(か)の中に仏います。号(な)を多宝(たほう)という。

其の仏、本(もと)、菩薩の道を行(ぎょう)ぜし時、大誓願(だいせいがん)を作(な)したまわく、若し我(われ)、成仏して滅度(めつど)の後、十方の国土に於て法華経を説く処あらば、我が塔廟(とうびょう)、是(こ)の経を聴(き)かんが為の故(ゆえ)に、其の前に涌現(ゆげん)して為に証明(しょうみょう)と作(な)って、讃(ほ)めて善哉(よいかな)といわん。

彼の仏、成道し已(おわ)って滅度の時に臨(のぞ)んで天・人・大衆(だいしゅう)の中に於て、諸の比丘(びく)に告(つ)げたまわく、我が滅度の後、我が全身を供養せんと欲(ほっ)せん者は、一(ひとつ)の大塔(だいとう)を起(た)つべし。

其の仏、神通願力(じんつうがんりき)を以て、十方世界の在々処々(ざいざいしょしょ)に、若(も)し法華経を説くことあれば、彼の宝塔、皆、其の前に涌出して、全身、塔の中に在(ましま)して讃めて善哉善哉と言う。

大楽説、今、多宝如来の塔、法華経を説くを聞きたまわんが故に地より涌出して讃めて善哉善哉と言う。