舎利弗、是の長者、是の思惟を作さく、我、身手(しんしゅ)に力有り。当に衣裓(えこく)を以てや、若しは几案(きあん)を以てや、舎(いえ)より之を出(いだ)すべき。
復更(またさら)に思惟すらく、是の舎(いえ)は唯一つ門有り。而も復、狭小(きょうしょう)なり。諸子、幼稚にして未だ識(し)る所有らず。戯処(けしょ)に恋著(れんじゃく)せり。或は当に墮落して火に焼かるべし。我、当に為に怖畏の事を説くべし。此の舎已(いえすで)に焼かれん。宜しく時に疾(と)く出でて火に焼害(しょうがい)せられしむること無かるべし。是の念を作し已って、思惟する所の如く具(つぶ)さに諸子に告ぐ、汝等速かに出でよ、と。
父、憐愍(れんみん)して善言(ぜんごん)をもって誘喩(ゆゆ)すと雖も、而も諸子等、嬉戯(きけ)に楽著(ぎょうじゃく)し肯(あえ)て信受せず、驚かず、畏れず、了(つい)に出ずる心無し。亦復(またまた)何者(なにもの)か是れ火、何者か為れ舎、云何(いか)なるをか失うと為(な)すを知らず。但(ただ)東西に走り戯(たわむ)れて父を視て已(や)みぬ。