舎利弗、如来復是の念を作さく、若し我(われ)但(ただ)神力及び智慧力を以て、方便を捨てて、諸の衆生の為に如来の知見・力・無所畏を讃(ほ)めば、衆生、是れを以て得度すること能(あた)わじ。所以は何ん。是の諸の衆生、未だ生・老・病・死・憂悲・苦悩を免れずして三界の火宅に焼かる。何に由(よ)ってか能く仏の智慧を解(し)らん。
舎利弗、彼の長者の復身手に力有りと雖も、而も之を用いず、但、慇懃(おんごん)の方便を以て諸子の火宅の難を勉済(べんさい)して、然(しこ)うして後(のち)に各(おのおの)に珍宝の大車を与うるが如く、如来も亦復是の如し。力・無所畏有りと雖も、而も之を用いず。但、智慧・方便を以て三界の火宅より衆生を抜済せんとして、為に三乗の声聞・辟支仏・仏乗を説く。
而も是の言を作さく、汝等、楽(ねが)って三界の火宅に住することを得ること莫(なか)れ。麤弊(そへい)の色(しき)・声(しょう)・香(こう)・味(み)・触(しょく)を貪(むさぼ)ること勿(なか)れ。若し貪著(とんじゃく)して愛を生ぜば、則ち為れ焼かれなん。汝等、速かに三界を出でて、当に三乗の声聞・辟支仏・仏乗を得べし。我、今、汝が為に此の事を保任(ほにん)す。終(つい)に虚(むな)しからず。汝等、但(ただ)当に勤修精進(ごんしゅしょうじん)すべし。如来、是の方便を以て衆生を誘進(ゆうしん)す。
復、是の言を作さく、汝達(なんだち)当に知るべし、此の三乗の法は皆是れ聖(しょう)の称歎(しょうたん)したもう所なり。自在無繋(じざいむけ)にして依求(えぐ)する所無し。是の三乗に乗(じょう)じて、無漏の根・力・覚・道・禅定・解脱・三昧等を以て、自ら娯楽して、便ち無量の安穏快楽(あんのんけらく)を得(う)べし。