是の朽ち故りたる宅は一人に属せり。其の人近く出でて、未だ久からざるの間(とき)、後(のち)に宅舎に忽然(こつねん)に火起る。四面一時に其の焔(ほのお)倶に熾(さか)んなり。棟・梁・椽・柱(とう・りょう・でん・ちゅう)爆声震裂(ばくしょうしんれつ)し摧折墮落(ざいせつだらく)し、牆壁(しょうびゃく)崩(くず)れ倒(たお)る。
諸の鬼神等、声を揚(あ)げて大に叫ぶ。
鵰(ちょう)・鷲(じゅ)・諸鳥(しょちょう)・鳩槃荼等(くはんだとう)、周慞惶怖(しゅうしょうおうふ)して自ら出ずること能わず。
悪獣(あくじゅう)・毒蟲(どくちゅう)、孔穴(くけつ)に蔵竄(ぞうざん)し、毘舎闍鬼(びしゃじゃき)、亦其の中に住せり。福徳(ふくとく)薄(うす)きが故に火に逼(せ)まられ、共に相(あい)残害(ざんがい)して、血を飲み肉を噉(くら)う。野干(やかん)の属(たぐい)、並に已に前に死す。諸の大悪獣、競い来って食噉(じきだん)す。臭煙蓬(しゅうえんぶ)ぼつして四面に充塞(じゅうそく)す。蜈蚣(ごく)・蚰蜒(ゆえん)・毒蛇の類(たぐい)、火に焼かれ、争(あらそ)い走(はし)って穴を出ず。鳩槃荼鬼(くはんだき)、隨(したが)い取って食う。
又、諸の餓鬼、頭上に火燃え、飢渇熱悩(けかつねつのう)して周慞(あたふた)し悶走(もんそう)す。
其の宅、是の如し。甚だ怖畏す可(べ)し。毒害、火災、衆難(しゅなん)一(ひとつ)に非ず。