舎利弗に告ぐ。我も亦是の如し。衆聖(しゅしょう)の中の尊(そん)、世間の父なり。一切衆生は皆是れ吾が子なり。深く世楽(せらく)に著(じゃく)して慧心(えしん)有ること無し。
三界は安きこと無し。猶(な)お火宅の如し。衆苦(しゅうく)充満して甚だ怖畏(ふい)すべし。常に生・老 病・死の憂患(うげん)有り。是の如き等の火、熾然(しねん)として息(や)まず。如来は已に三界の火宅を離れて寂然(じゃくねん)として閑居(げんこ)し、林野に安処(あんじょ)せり。今、此の三界は皆是れ我が有なり。其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり。而も今、此の処は諸の患難(げんなん)多し。唯、我一人のみ能く救護(くご)を為す。