若し人、瞋(いかり)無く、質直柔軟(しちじきにゅうなん)にして、常に一切を愍(あわれ)み諸仏を供敬(くぎょう)せん。是の如きの人に乃ち為に説くべし。
復、仏子、大衆の中に於て清浄の心を以て、種々の因縁・譬喩・辞をもって、説法すること無礙(むげ)なる有らん。是の如きの人に乃ち為に説くべし。
若し比丘の一切智の為に四方に法を求めて、合掌し頂受し、但、楽(ねが)って大乗経典を受持して、乃至、余経の一偈をも受けざる有らん。是の如きの人に乃ち為に説くべし。
人の至心に仏舎利を求むるが如く、是の如く経を求め、得已(えおわ)って頂受せん。其の人、復、余経を志求せず。亦、未だ曽て外道の典籍(てんせき)を念(ねん)ぜじ。是の如きの人に乃ち為に説くべし。
舎利弗に告ぐ。我、是の相にして仏道を求むる者を説かんに劫を窮むとも尽きじ。是の如き等の人は則ち能く信解せん。汝、当に為に妙法華経を説くべし。