開目抄(かいもくしょう)

すでに二十余年が間(あいだ)この法門を申すに、日々月々年々(ひびつきづきとしどし)に難かさなる。少々の難はかずしらず。大事の難四度(しど)なり。二度はしばらくをく、王難すでに二度にをよぶ。
今度はすでに我が身命(しんみよう)に及ぶ。そのうえ弟子といひ、檀那(だんな)といひ、わづかの聴聞(ちようもん)の俗人(ぞくじん)なんど来(きたり)て重科(じゆうか)に行(おこな)わる。謀反(むほん)なんどの者のごとし。

法華経の第四に云く「しかもこの経は如来の現在すらなお怨嫉(おんしつ)多し、いわんや滅度の後(のち)をや」等云云。
第二に云く「経を読誦(どくじゆ)し書持(しよじ)することあらん者を見て、軽賤憎嫉(きようせんぞうしつ)して結恨(けつこん)を懐(いだ)かん」等云云。
第五に云く「一切世間怨(あだ)多くして信じ難(がた)し」等云云。
また云く「諸の無智の人の悪口罵詈等(あつくめりとう)するあらん」。また云く「国王・大臣・婆羅門・居士(こじ)に向(むか)つて誹謗(ひほう)して我が悪を説いて、これ邪見の人なりと謂わん」。
また云く「数数擯出(しばしばひんずい)せられん」等云云。
また云く「杖木瓦石(じようもくがしやく)もてこれを打擲(ちようちやく)せん」等云云。
涅槃経に云く「爾(そ)の時に多く無量の外道あつて、和合して共に摩訶陀(まかだ)の国王阿闍世(あじやせ)の所(もと)に往(ゆ)く。今は唯(た)だ一(ひとり)の大悪人あり瞿曇沙門(くどんしやもん)なり。一切世間の悪人、利養のための故に、その所に往集し眷属(けんぞく)となつて、能く善を修(しゆ)せず。呪術の力の故に、迦葉及び舎利弗・目犍連(もつけんれん)を調伏(ちようぶく)す」等云云。

天台云く「いかにいわんや未来をや。理、化(け)しがたきに在り」等云云。
妙楽云く「障(さわ)りいまだ除かざる者を怨(おん)となし、聞くを喜ばざる者を嫉(しつ)と名づく」等云云。
南三北七の十師(じゆつし)・漢土無量の学者、天台を怨敵(おんてき)とす。
得一(とくいつ)云く「咄(つたな)いかな智公(ちこう)、汝はこれ誰(た)が弟子ぞ。三寸に足らざる舌根(ぜつこん)を以て、覆面舌(ふめんぜつ)の所説を謗(ほう)ずる」等云云。

東春(とうじゆん)に云く「問う、在世の時、許多(あまた)の怨嫉(おんしつ)あり。仏(ほとけ)滅度の後、この経を説く時、何が故ぞまた留難(るなん)多きや。答えて云く、俗に言うがごときは良薬は口に苦(にが)しと。この経五乗の異執(いしゆう)を廃して一極(いちごく)の玄宗(げんしゆう)を立つるが故に凡を斥(そし)り聖(しよう)を呵(か)し、大を排(はら)い小を破り、天魔を銘(なづけ)て毒虫(どくちゆう)となし、外道を説いて悪鬼(あつき)となし、執小(しゆうしよう)を貶(そし)つて貧賤(ひんせん)となし、菩薩を拙(はじ)しめて新学(しんがく)となす。故に天魔は聞くを悪(にく)み、外道は耳に逆(さから)い、二乗は驚怪(きようけ)し、菩薩は怯行(きようぎよう)す。かくのごときの徒(やから)、悉く留難をなす。多怨嫉(たおんしつ)の言(ごん)、あに唐(むな)しからんや」等云云。

顕戒論(けんかいろん)に云く「僧統奏(そうとうそう)して曰く、西夏(せいか)に鬼弁(きべん)婆羅門あり、東土に巧言(ぎようげん)を吐(は)く禿頭(とくず)の沙門(しやもん)あり。これすなわち物類冥召(もつるいみようしよう)して世間を誑惑(おうわく)す等云云。
論じて云く、昔は斉朝(せいちよう)の光統(こうず)を聞き、今は本朝の六統(ろくとう)を見る。実(まこと)なるかな、法華のいかにいわんや」等云云。
秀句に云く、「代(よ)を語れば則ち像(ぞう)の終り、末(まつ)の初め、地を尋(たず)ぬれば則ち唐の東、羯(かつ)の西、人を原(たず)ぬれば則ち五濁の生(しよう)、闘諍(とうじよう)の時なり。経に云く「猶多怨嫉(ゆたおんしつ)、況滅度後(きようめつどご)」。この言良(ことばまこと)に以(ゆえ)あるなり」等云云。

それ小児(しように)に灸治(やいと)を加(くわう)れば必ず母をあだむ。重病の者に良薬をあたうれば定(さだ)めて口に苦(にが)しとうれう。在世なをしかり。ないし像末辺土をや。
山に山をかさね、波に波をたゝみ、難に難を加へ、非に非をますべし。
像法(ぞうぼう)の中(うち)には天台一人(いちにん)、法華経一切経をよめり。南北これをあだみしかども、陳・隋二代の聖主眼前に是非を明(あきら)めしかば敵(かたき)ついに尽きぬ。像の末(すえ)に伝教一人、法華経一切経を仏説(ぶつせつ)のごとく読み給へり。南都七大寺蜂起せしかども、桓武ないし嵯峨等の賢主我(われ)と明(あき)らめしかばまた事なし。

今末法の始め二百余年なり。
況滅度後のしるしに闘諍(とうじよう)の序(ついで)となるべきゆへに、非理を前(さき)として、濁世(じよくせ)のしるしに、召(め)し合(あわ)せられずして流罪(るざい)ないし寿(いのち)にもをよばんとするなり。
されば日蓮が法華経の智解(ちげ)は天台・伝教には千万が一分(いちぶん)も及ぶ事なけれども、難を忍び慈悲のすぐれたる事はをそれをもいだきぬべし。定(さだん)で天の御計(おんはから)いにもあづかるべしと存ずれども、一分のしるしもなし。いよいよ重科(じゆうか)に沈む。還(かえつて)この事を計(はか)りみれば我(わが)身の法華経の行者にあらざるか。また諸天善神等のこの国をすてゝ去り給へるか。かたがた疑はし。