伝教大師は日本顕密の元祖、秀句に云く、「他宗所依(しよえ)の経は一分仏母(いちぶんぶつも)の義ありといえども、しかれどもただ愛のみあつて厳(げん)の義を闕(か)く。天台法華宗は厳(げん)・愛(あい)の義を具す。一切の賢聖(けんしよう)、学無学、及び菩提心を発(おこ)せる者の父なり」等云云。
真言・華厳等の経経には種(しゆ)・熟(じゆく)・脱(だつ)の三義、名字(みようじ)すらなおなし。いかにいわんや、その義をや。
華厳・真言経等の一生初地(いつしようしよじ)の即身成仏等は経は権経(ごんぎよう)にして過去をかくせり。種(しゆ)をしらざる脱(だつ)なれば超高(ちようこう)が位(くらい)にのぼり、道鏡が王位に居(こ)せんとせしがごとし。宗々(しゆうしゆう)互に権(けん)を諍(あらそ)う。
予これをあらそわず。ただ経に任(まか)すべし。法華経の種(しゆ)に依つて天親(てんじん)菩薩は種子無上(しゆじむじよう)を立てたり。天台の一念三千これなり。華厳経乃至諸大乗経・大日経等の諸尊の種子(しゆじ)みな一念三千なり。天台智者大師一人この法門を得給えり。
華厳宗の澄観、この義を盗んで華厳経の「心如工画師(しんによくえし)」の文(もん)の神(たましい)とす。
真言大日経等には二乗作仏・久遠実成・一念三千の法門これなし。善無畏三蔵が震旦(しんたん)に来(きたり)て後、天台の止観を見て智発(ちほつ)し、大日経の「心実相(しんじつそう)」「我一切本初(がいつさいほんしよ)」の文の神(たましい)に天台の一念三千を盗み入れて真言宗の肝心として、その上に印と真言とをかざり、法華経と大日経との勝劣を判ずる時、理同事勝(りどうじしよう)の釈をつくれり。両界の漫荼羅(まんだら)の二乗作仏・十界互具は一定(いちじよう)大日経にありや。第一の誑惑(おうわく)なり。
故に伝教大師云く「新来の真言家(け)は則ち筆受の相承(そうじよう)を泯(みん)し、旧到(くとう)の華厳家は則ち影響(ようごう)の軌模(きぼ)を隠(かく)す」等云云。俘囚(ふしゆう)の嶋なんどにわたて、「ほの〴〵といううた(和歌)」わ、われよみたりなんど申すは、えぞてい(夷体)の者はさこそとをもうべし。漢土・日本の学者またかくのごとし。
良諝和尚(りようしよわじよう)云く「真言・禅門・華厳・三論、乃至、もし法華等に望めばこれ接引門(しよういんもん)」等云云。善無畏三蔵の閻魔の責(せめ)にあづからせ給いしはこの邪見による。後(のち)に心をひるがへし、法華経に帰伏(きぶく)してこそこのせめをば脱(のがれ)させ給いしか。その後、善無畏・不空等、法華経を両界の中央にをきて大王のごとくし、胎蔵の大日経・金剛頂経をば左右の臣下のごとくせしこれなり。
日本の弘法も教相の時は華厳宗に心をよせて法華経をば第八にをきしかども、事相の時、実慧(じちえ)・真雅(しんが)・円澄(えんちよう)・光定(こうじよう)等の人々に伝え給いし時、両界の中央に上(かみ)のごとくをかれたり。例せば三論の嘉祥(かじよう)は法華玄十巻に法華経を第四時会二破二(だいしじえにはに)と定むれども、天台に帰伏して七年つかへ「廃講散衆身為肉橋(はいこうさんしゆうしんいにつきよう)」となせり。
法相の慈恩は法苑義林(ほうおんぎりん)七巻十二巻に「一乗方便・三乗真実」等の妄言(もうげん)多し。しかれども玄賛(げんさん)の第四には「故亦両存(こやくりようそん)」等と我宗(わがしゆう)を不定(ふじよう)になせり。言(ことば)は両方なれども心は天台に帰伏せり。
華厳の澄観は華厳の疏(しよ)を造(つくつ)て、華厳・法華相対して法華を方便とかけるに似(にたれ)ども、「彼(か)の宗これを以て実となす。この宗の立義(りゆうぎ)理として通ぜざることなし」等とかけるは悔還(くいかえ)すにあらずや。
弘法もまたかくのごとし。
亀鏡(ききよう)なければ我が面(おもて)をみず。敵(かたき)なければ我が非をしらず。真言等の諸宗の学者等我が非をしらざりし程に、伝教大師にあひたてまつて自宗の失(とが)をしるなるべし。
されば諸経の諸仏・菩薩・人天(にんでん)等は彼々(かれがれ)の経々にして仏(ほとけ)にならせ給うやうなれども、実には法華経にして正覚(しようがく)なり給へり。釈迦・諸仏の衆生無辺の総願は皆この経にをいて満足す。「今は已(すで)に満足しぬ」の文(もん)これなり。