已上五ケの鳳詔(ほうしよう)にをどろきて、勧持品の弘経(ぐきよう)あり。明鏡の経文(きようもん)を出(いだ)して当世の禅・律・念仏者、並に諸檀那の謗法をしらしめん。
日蓮といゐし者は去年(こぞ)九月十二日子丑(ねうし)の時に頸(くび)はねられぬ。これは魂魄佐土(こんぱくさど)の国にいたりて、返年(かえるとし)の二月雪中(せつちゆう)にしるして、有縁(うえん)の弟子へをくれば、をそろしくてをそろしからず。みん人いかにをぢずらむ。これは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国当世をうつし給う明鏡なり。かたみともみるべし。
勧持品に云く「唯願くは慮(うらおもい)したもうべからず。仏(ほとけ)滅度の後、恐怖悪世(くふあくせ)の中において、我等まさに広く説くべし。諸(もろもろ)の無智の人の悪口罵詈(あつくめり)等し、及び刀杖(とうじよう)を加うる者あらん。我等皆まさに忍ぶべし。悪世の中(なか)の比丘は、邪智(じやち)にして心諂曲(てんごく)に、いまだ得ざるをこれ得たりと謂(おも)い、我慢(がまん)の心充満せん。或(あるい)は阿練若(あれんにや)に、納衣(のうえ)にして空閑(くうげん)に在つて、自(みずか)ら真の道(どう)を行ずと謂(おも)つて、人間(にんげん)を軽賤(きようせん)する者あらん。利養に貪著(とんじやく)するが故に、白衣(びやくえ)のために法を説いて、世に恭敬せらるることをうること、六通(ろくつう)の羅漢(らかん)のごとくならん。この人悪心を懐(いだ)き、常に世俗の事(じ)を念(おも)い、名を阿練若に仮(か)りて、好んで我等が過(とが)を出(いだ)さん。常に大衆(だいしゆ)の中に在つて、我等を毀(そし)らんと欲するが故に、国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆(しゆ)に向かつて、誹謗(ひほう)して我が悪を説いて、これ邪見の人、外道の論議を説くと謂わん。濁劫悪世(じよくこうあくせ)の中には、多く諸(もろもろ)の恐怖(くふ)あらん。悪鬼(あつき)その身(み)に入つて、我を罵詈毀辱(めりきにく)せん。濁世(じよくせ)の悪比丘は、仏(ほとけ)の方便・随宜(ずいぎ)所説の法を知らず、悪口(あつく)して顰蹙(ひんじゆく)し、数数擯出(しばしばひんずい)せられん」等云云。
記の八に云く「文(もん)に三、初(はじめ)に一行(いちぎよう)は通じて邪人(じやにん)を明(あか)す。即ち俗衆(ぞくしゆ)なり。次(つい)で一行は道門増上慢の者を明す。三に七行(しちぎよう)は僭聖(せんしよう)増上慢の者を明す。この三の中に初は忍ぶべし。次は前(まえ)に過ぎたり。第三最も甚(はなは)だし。後後(ごご)の者は転(うた)た識(し)り難(がた)きを以ての故に」等云云。東春(とうじゆん)に智度法師(ちどほつし)云く「初(はじめ)に有諸(うしよ)より下(しも)の五行は、第一に一偈(いちげ)は三業(さんごう)の悪を忍ぶ。これ外悪(げあく)の人(にん)なり。次に悪世(あくせ)の下の一偈は、これ上慢(じようまん)出家の人なり。第三に或有阿練若(わくうあれんにや)より下の三偈は、即ちこれ出家の処(ところ)に一切の悪人を摂(せつ)す」等云云。また云く「常在大衆中(だいしゆちゆう)より下(しも)の両行は、公処(こうしよ)に向かつて法を毀(そし)り人を謗(ほう)ず」等云云。
涅槃経の九に云く「善男子、一闡提あり、羅漢の像(かたち)を作(な)して空処(しずかなるところ)に住し、方等大乗経典を誹謗(ひほう)せん。諸の凡夫の人見已つて、皆真の阿羅漢、これ大菩薩なりと謂わん」等云云。また云く「爾の時にこの経、閻浮提(えんぶだい)においてまさに広く流布すべし。この時まさに諸の悪比丘あつてこの経を抄略(かす)め、分(わか)ちて多分(たぶん)と作し、能く正法の色香美味(しきこうみみ)を滅(ほろぼ)すべし。この諸の悪人、またかくのごとき経典を読誦すといえども、如来深密(じんみつ)の要義(ようぎ)を滅除して、世間の荘厳(しようごん)の文飾(もんじき)無義の語を安置す。前を抄(しよう)して後(のち)に著(つ)け、後を抄して前に著け、前後を中に著け、中を前後に著く。まさに知るべし、かくのごときの諸の悪比丘はこれ魔の伴侶なり」等云云。六巻の般泥洹経(はつないおんぎよう)に云く「阿羅漢に似たる一闡提あつて悪業(あくごう)を行(ぎよう)ず。一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心(じしん)を作さん。羅漢に似たる一闡提ありとは、この諸の衆生、方等(ほうどう)を誹謗(ひほう)せるなり。一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰(きし)し、広く方等を説くなり。衆生に語(かたつ)て言(いわ)く、我れ汝等(なんだち)と倶にこれ菩薩なり、所以(ゆえ)は何(いか)ん、一切皆如来の性(しよう)ある故にと。しかも彼(か)の衆生、一闡提なりと謂(おも)わん」等云云。また云く「我れ涅槃の後(のち)、乃至正法滅して後、像法(ぞうぼう)の中(なか)においてまさに比丘あるべし。持律(じりつ)に似像(じぞう)して少(わず)かに経を読誦(どくじゆ)し、飲食(おんじき)を貪嗜(とんし)し、その身を長養(じようよう)す。袈裟(けさ)を服すといえどもなお猟師の細(なな)めに視(み)て徐(おもむろ)に行くがごとく、猫の鼠を伺(うかが)うがごとし。常にこの言(ことば)を唱(とな)えん、我れ羅漢を得たりと。外(そと)には賢善を現(あらわ)し、内(うち)には貪嫉(とんしつ)を懐(いだ)かん。瘂法(あほう)を受けたる婆羅門等のごとし。実(じつ)に沙門(しやもん)にあらずして沙門の像を現じ、邪見熾盛(しじよう)にして正法を誹謗せん」等云云。
それ鷲峰(じゆほう)・双林(そうりん)の日月(じつげつ)、毗湛(びたん)・東春(とうじゆん)の明鏡(めいきよう)に当世の諸宗並に国中(こくちゆう)の禅・律・念仏者が醜面(しゆうめん)を浮(うか)べたるに一分(いちぶん)もくもりなし。妙法華経に云く「於仏滅度後恐怖悪世中(おぶつめつどごくふあくせちゆう)」。安楽行品に云く「於後悪世(おごあくせ)」。また云く「於末世中(おまつせちゆう)」。また云く「於後末世法欲滅時」。分別功徳品に云く「悪世末法時」。薬王品に云く「後五百歳」等云云。正法華経勧説品(かんぜつほん)に云く「然後末世(ねんごまつせ)」。また云く「然後来末世」等云云。添品法華経(てんぽんほけきよう)に云く、等。天台の云く「像法(ぞうぼう)の中の南三北七は法華経の怨敵(おんてき)なり」。伝教の云く「像法の末、南都六宗の学者は法華(ほつけ)の怨敵なり」等云云。彼等の時はいまだ分明(ふんみよう)ならず。これは教主釈尊・多宝仏、宝塔の中に日月(じつげつ)の並ぶがごとく、十方分身(じつぽうふんじん)の諸仏樹下(じゆげ)に星を列(つら)ねたりし中にして、正法一千年・像法一千年、二千年すぎて末法の始(はじめ)に、法華経の怨敵三類あるべしと、八十万億那由佗の諸菩薩の定(さだ)め給いし、虚妄(こもう)となるべしや。
当世(とうせい)は如来滅後二千二百余年なり。大地(だいち)は指(させ)ばはづるとも、春は花さかずとも、三類の敵人(てきにん)必ず日本国にあるべし。
さるにてはたれたれの人々か三類の内なるらん。また誰人(たれびと)か法華経の行者なりとさゝれたるらん。をぼつかなし。彼(か)の三類の怨敵に我等入りてやあるらん。また法華経の行者の内にてやあるらん。をぼつかなし。
周の第四昭王の御宇二十四年甲寅(こういん)四月八日の夜中(やちゆう)に、空(そら)に五色の光気(こうけ)南北に亘(わたつ)て昼のごとし。大地六種に震動し、雨ふらずして江河井池(こうがせいち)の水まさり、一切の草木(そうもく)に花さき菓(このみ)なりたりけり。不思議なりし事なり。昭王大(おおい)に驚き、大史蘇由占(たいしそゆううらなつ)て云く、西方(さいほう)に聖人生れたり。昭王問て云く、この国いかん。答(こたえ)て云く、事なし。一千年の後(のち)に彼聖言(かのしようごん)この国にわたて衆生を利すべし。彼のわづかの外典の一毫未断見思(いちごうみだんけんじ)の者、しかれども一千年のことをしる。はたして仏教一千一十五年と申せし後漢の第二明帝(めいてい)の永平十年丁卯(ていう)の年、仏法漢土にわたる。これは似るべくもなき釈迦・多宝・十方分身の仏の御前(みまえ)の諸菩薩の未来記なり。当世日本国に三類の法華経の敵人(てきにん)なかるべしや。されば仏(ほとけ)付法蔵経等に記(き)して云く、我(わが)滅後に正法一千年が間(あいだ)、我正法を弘むべき人、二十四人次第に相続すべし。迦葉、阿難等はさてをきぬ。一百年(いちひやくねん)の脇比丘(きようびく)、六百年の馬鳴(めみよう)、七百年の竜樹菩薩等一分(いちぶん)もたがわず、すでに出給(いでたま)いぬ。この事いかんがむなしかるべき。この事相違せば一経みな相違すべし。いわゆる舎利弗が未来の華光(けこう)如来、迦葉の光明如来もみな妄説となるべし。爾前返(かえつ)て一定(いちじよう)となつて永不成仏(ようふじようぶつ)の諸声聞なり。犬・野干(やかん)をば供養すとも阿難等をば供養すべからずとなん。いかんがせん〳〵。