法華経・方便品の一文です。
本末が究竟して等しい
このように読みたいと思います。
どんなに枝分かれしていようが、根本を尋ねればみな一つの所に行きつく。つまり一つのものが枝分かれしているように見えるだけで、本当は一つである。
抽象的かもしれませんが、こんな意味だと考えています。
例えてみると、体全体と細胞のようなものかと。細胞はそれぞれ一つずつです。でもこの細胞が集まって体ができている。体と言った時、細胞はもちろん含まれてしまう。
私たちは細胞のようなもの。では体に当たるものは?このように考えてみたいのです。
細胞は癌を引き起こします。小さながん細胞でもそのままにしておくと、体全体を死に至らしめます。
怖いですね…。
私たちの世界も同じかもしれません。影響力を持ち過ぎた一人が過剰に動くと、全体に当たるものが患うことがあるのかもしれません。影響力云々は関係ないのかもしれませんが…。
細胞はどんなに小さく見えなくとも、体にとって掛け替えのないもの。なければいけないもの。私たち一人一人も同じなのでしょう。
本末究竟等と念頭し、自分の在り方を省みていきたいものです。