平和

漢字の成り立ちやら意味を調べるのが好きです。終戦記念日でもあり、昨今の世界情勢の不安定化もあり、「平和」という漢字を調べてみました。

まず「平」。これは水面の浮き草を表したものだそうです。流れのある水では流され、そうでないところではプカプカと浮かんでいる。こんな草のイメージです。根っこがないのですから…、当然ですね。

私は「平」は私たち人間個々の存在を表したものに思えるのです。お互い確かな根っこを持たず、プカプカと水(この世)に浮いている(生きている)。そしてあっという間にいなくなる(この世を去る)…存在だと。

なんだか悲しくなりますが、浮き草になれただけでもありがたい。こうも思うのです。なぜなら、浮き草でないという事は、存在しないという事ですから。存在しなければ、何もできません。無そのものです。浮き草になれれば、少なくとも悲しんだり、喜んだりといろいろ経験できます。これって素晴らしいことのはずなのです…。…こう思えないことも多々ありますが…。それでも本当は素晴らしいこと、のはずなのです!

「平」という漢字に、いくつになっても定まらない(根っこのない)私という存在を重ねてしまいます。

次に「和」。「のぎへん」に「口」と書きます。のぎへんは、粟の穂が垂れ下がった姿をあらわしているそうです。まん丸い実の粟。この粟が稲穂のように垂れ下がって畑を彩っている。そんな姿をあらわすのが「のぎへん」。コメのように細長く尖ってなく、丸い実がついた穂が腰をかがめている姿はなんとなく安らぎを与えてくれる絵ではないでしょうか?「口」はそのまま穴とか口を表している漢字。ここから和という漢字は「のぎへん」と合わせて「安らぎの言葉をかけること」ととらえたいのです。

そして「平和」。浮き草のようにふらふらした者同士がこの世(水)で縁があって一時を一緒に生きているのだから、お互い安らげる言葉をかけあっていくようにする。こうなれば、平和なのかなと思うのです。

平和、このような世の中になるといいなと思うのです。まずは近しい関係から!

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